紙っぺらに漱石の顔/服部 剛
 
ょろとしていた

僕等は迷う彼等を黙視した

4〜5枚の夏目漱石は
青年のジーンズのポケットの中で
くしゃくしゃに顔を歪めた

女の手には
おにぎりの袋だけが残り
僕が手にしていた缶コーヒーは
冷たい空洞となり

「あの4〜5枚の夏目漱石はあぶくだよね」

と女は言った

何事もなかったかのように僕等は
その場を立ち去った

「千円札」の枠で
威厳のある夏目漱石よりも

山寺に篭(こも)り
蝋燭の灯の下に原稿用紙を広げ
筆を手に
人の心の移ろいをみつめる
夏目漱石の顔が僕等は好きだ

 〜

翌日
女は何処か別の場所へ流れた

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