映画館の恋人/蒸発王
 
はないが
光沢のあるビロウドの客椅子
丸いステージの上に
優雅なギャザーで飾られたスクリーンが
宝物のように置いてある


客のためではない
映画のための空間


その前から七列目が
祖母と私の居場所だった



でも
私は知っている

祖母は其処に映画を見に来ていたわけじゃないことを




上映中
暗がりの中
決まって
祖母の隣りに座る影があった

『彼』は
物語りが盛り上がってくると
祖母の手を握り
祖母も其れを握り返していた

不思議なことに
『彼』は
祖母以外には見えない
私もぼんやりとしか見えない




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