春一番になった鬼/板谷みきょう
出しそうな口を、血が滲むほど両手で強く、強く塞いだ。
吉を呼んではいけない。呼べば自分も鬼になる。
自分の喉を塞ぐその手の冷たさを、
澄乃は一生、忘れることができなかったんだ。
次の朝、泥の中に吉の足跡がひとつだけ残っていた。
それを手でなぞろうとしたとき、誰かの咳払いが聞こえた。
澄乃は、咄嗟にその足跡を、自分の足で踏みつぶして消した。
それが、澄乃のした、一番残酷なことだった。
第三章 選ばれた風
吉は屏風山の奥深くに消え、本物の鬼になった。
肉体は獣に、心は孤独に、磨き上げられていった。
だがある日、その鋭くなった耳に、澄乃の歌が届いた。
「吉よ、吉よ。
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