私の快楽主義/鏡ミラー文志
 
が多少上手なのもこの次男とのごっこ遊びが根にあるのかも知れない。次男の中でも私の創作性を認め、大したところがあると認められるところがもしあるとしたら、この飛距離を楽しむ遊ぶ原点の飛行機の元は、二人で作った翼だと思うこともある。やはり仲間は賢くなければダメだ。次男は幼馴染のほとんどを馬鹿ばかりだったと正直に振り返ったことがあったが、次男の友達には賢い人もいたと思うし、その人達は私のことも、ジュニアと言って可愛がってくれた。

私は結構年上の人、賢い人、大人な香りのする人に可愛がられるところがある。それは昔からだ。同世代には思い浮かばない。皆どこかアンポンタンなところがあり、ダメな人間を崇め、嘘や
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