私の快楽主義/鏡ミラー文志
 
鹿馬鹿しい社会では、誰も仕方なしと止むを得ずの労働に従事することは出来ないだろう。昔の人達は勤務労働を本願とし、仕方なしと止むを得ずの宿命を好んで受け入れたそうだ。今の人達に必然的にこれをやらなければいけないというほどのものがあるのだろうか? グループホームに住んでいるのであるが、中に住んでいる一名の利用者について触れたいと思う。自分が気狂いだから仕方なしと好んで奇天烈な振る舞いをし、それを芯から楽しみ、この振る舞いを続けていれば働かずに年金生活安泰とでも言わんばかりである。医者は神様ですと崇め奉っているようであるが、働かずに飯を食わせてくれる人は皆が神様なのだろう。この人間にとっての仕方なしは働
[次のページ]
戻る   Point(5)