咲子?/たま
 
たしたちは知っている。行く悩む生の果てには、死が待ち受けていることも知っている。しかし、「根の国」の根は、たましいの仮称であり、生と死を永遠につなぐ輪廻の根源であるとしたら、どこから、どこまでが、わたしたちのいのちなのだとはいえなくなってしまう。
 生まれることも、死ぬことも、たましいを得た生の旅の途中なのだということになるからだ。

 そうして三月が来た。
 わたしの詩を抱きしめたまま、咲子は行方不明者になってしまった。おそらく咲子は三陸の海に流されてしまったのだろうか。
 咲子のいのちを呑み込んだまま、海は咲子の詩集になったのだ。



 咲子(十)


 ワンフロアの
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