咲子?/たま
 
終わる単漢字が二〇二個もならぶ。にんべんの(仏)や(傷)、ひとがしらの(今)や(倉)、それは文字通りひとの海であり、ひとの地層ともいえる。
 ひとは、ひみつの多い生きものだという咲子のおもいを、二〇二個の単漢字が口々に語りかけてくるようだ。おそらく、ひとのひみつは「人部」だけではなく、漢和辞典にあるすべての部首に存在するはずだから、そうなるともう、わたしの手には負えない数字になってしまう。
 けれど、いくつひみつを抱え込んだとしても、ひとはひみつを抱きしめたまま、死ぬことはできないだろうし、いくつひみつがあったとしても、死んでしまえば、たったひとつしか残らないはずだ。それは、この世に生まれて生
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