咲子?/たま
乗客はわたしたちだけだった。
咲子は運転席の見えるいちばん前の席に座った。わたしは席には着かず、咲子の席の背もたれに手をやって立っていた。そうして咲子の視線の届かない位置から、うっすらと雪化粧した咲子のうなじから、右頬のあたりに浮かぶわずかな表情を盗みとった。その白いうなじはまったく体温を感じさせなかったのに、いつものように襟元で束ねた絹糸のような細い黒髪に、咲子の体温と、生に満ちた女の磯辺の香りが宿っているようで、わたしのからだはバスの動きに耐えきれず、おおきく揺れた。
フロントガラスと向き合った咲子の視線は、ほとんど動かなかったけれど、そのぶんバスが動いていたから、まるで冷房のよく効い
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