咲子?/たま
 
は、やはり十代のころからその片鱗を、無意識に育んできたのだとおもうが、その無意識を支えつづけたものが、それぞれの環境と呼べるものではないだろうか。わたしを育てた環境といえば映画館であり、そこで出会った数々の映画が、わたしという人間のはじまりであった気がする。
「でもリクオさん、音読みの風景って具体的にどんな風景なの? むずかしくない?」
「うん、むずかしいよね。なんだろなあ……音読みのショウコがさ、いつも漢和辞典をひらいて詩を書いてるってことだから……そしたらさ、音読みの風景ってのは、漢和辞典のなかの風景ってことかもしれないね」
「え、そうなの? どうして?」
「だからさ、漢字は中国語だろ
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