咲子?/たま
ことができる。
ノートブックをひらいて検索すれば、さらにくわしく出てくるが、わたしにはこの解字だけで十分だという気がする。巫女と神が、対話するようすがここに記されている。牛の骨や亀の甲羅に現れた、ひび割れのかたちが神の意思、つまり、お告げということになると、そのお告げにしたがって、仮にも一国のゆくえを定めたとしたら、卑弥呼のような絶対的な巫女はもう神の分身ともいえる。そうなると、古代の森の初心な詩人はとても怖いしごとをしていたことになるが、そこでひとつ、現代人にありがちな野暮な疑問を投げかけてみたくなる。
神と対話する巫女の眼差しは、ほんとうに神のすがたをとらえていたのだろうか……いや
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