すすき野原の物語(はかりしれない郷愁)/板谷みきょう
 
学者はペンを落としました。

彼の耳に届いたのは、風の音ではありませんでした。

それは、かつて少女が奪われた「本当の名前」を呼ぶ、
あの灰色の影の“懐かしすぎる声”なのでした。

その声を聞いた瞬間、学者は自分自身が何を失ったのかを突きつけられました。

彼もまた、かつて子どもであり、
野原に“何か”を置いてきたはずの一人だったのです。

“知性”という鎧を着込み、“合理”という盾で守り固めた自分の心の内側に、
今もなお「名付けられる前の孤独」が、幼い日の自分の姿をして座っていることに、
彼は、気づいてしまいました。

「鬼はいなかった、と書かねばならない。だが、
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