小さなメモふたつ/由比良 倖
も優しい森が見えていたのだと思う。森の生気を呼吸して、感動に満ち足りつつも、とても冷静になって、何ひとつ壊したくない手付きとまなざしで、どこまでも静かに弾き語っていた人だと思う。ちなみに彼が使っていたギターは誰も知らなくて、僕は彼が森の中でたまたま見付けた、誰も見たことのないギターだと、半分くらいは本気で思っている。
ところで僕が一番好きなニックのアルバムは三枚目にしてラストアルバムの『ピンク・ムーン』で、そこでは彼は暗い森の奥にどんどん去って行く。僕は彼の本当の行く先をいまだ知らずにいて、ニックの道筋を、その小さな道を正確に辿れたなら、僕はミュージシャンになれると思う。小さな可能性だけれど。そ
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