すすき野原で見た狐(上巻)/板谷みきょう
序章:帰郷
山の奥深く、すすき野原に囲まれた小さな村へ、一人の男が戻ってきた。名は与一。
日の照る一本道を、荷車を押しながら、ゆっくりと坂を登る。荷台には埃をかぶった古道具や、異国の飾りのようなものが山と積まれ、まるで祈りの漂流物を運ぶ流れ者のようにも見えた。
村人は、知っていた。与一が、貧しさに耐えかねて村を出ていった若者であることを。だから誰も声をかけず、ただ遠巻きに見つめるばかりだった。
与一は、生まれた稲荷神社の前で立ち止まる。雑草に呑まれ、屋根も壁もくすみ、昔日の面影はない。
夕ぐれの茜雲が流れ、影が長く伸びる。与一はしばらく立ち尽くし、ふと、熱いものを拭った。
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