業ヶ淵の鬼の話/板谷みきょう
与一が高熱を出した。
おっかあは独りで雪山に入り、断崖にはりつく岩茸(いわたけ)を命がけで採ってきた。
自分は泥水で腹をなだめながら、その岩茸を口で噛み、噛み、息を混ぜて柔らかくし、与一に食わせた。
「与一や。母の命じゃ。これを食うて、生きろ」
その言葉どおり、与一は岩茸のように黒々と、鉄のような体に育った。
だが鏡を見るたび、肌がどこか透き通って見えた。
――母の命を喰うてできた体なのだ、と。
やがておっかあは老い、働けなくなった。
でかくなった与一の腹は底なしで、村ではヒソヒソ声が増えた。
「与一を育てるにゃあ、また口を減らすしかねえべな……」
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