業ヶ淵の鬼の話/板谷みきょう
一 氷が息をする村
むかし、奥羽(おうう)の北の、そのまた北。山の影ばかりが伸び縮みする寂しい谷に、萱野(かやの)という小さな村があった。
冬になれば、雪は人の背丈を越えて積もり、家々は白い棺のように沈黙した。
夏が来ても、お天道さまは峯に隠れ、畑の作物は雛鳥のように身を縮めた。
村人の顔には、血の気が薄れ、みな「腹の底の寒さ」を抱えていた。
村外れからさらに奥へ踏み込むと、谷風が身の皮を剥ぐように吹きぬける。
その先に、誰も名を口にせぬ黒い淵――**業ヶ淵(ごうがふち)**があった。
食う物が尽きる冬になると、年寄りがひっそりとそこへ連れて行かれた。
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