業ヶ淵の鬼の話/板谷みきょう
 


 村では誰も語らぬ掟のようなものだった。
 昼に一人が消えると、その夜には決まって、

 「ウォォ……ウォォ……」

 と、風とも獣ともつかぬ声が響いたという。
 火を囲む大人は目を伏せ、子どもは耳をふさいで震えた。

 ただ、残された年寄りだけが目を閉じて言った。

 (あれは鬼じゃ。人が人の味を覚えてしもうた嘆きの声じゃ……)
二 母が噛んだ岩茸(いわたけ)
 そんな村に、与一(よいち)が生まれた。父は早くに亡くなり、与一はおっかあと二人きりだった。

 おっかあは枯れ枝のように痩せていたが、その眼だけは冬星のように強く光っていた。
 ある吹雪の夜、幼い与一
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