人妻温泉旅館/atsuchan69
れた。
「そやけど、どうしてこんなところに通うてくるんやろね」
問いかけは静かだった。私は答えに窮した。釣りが好きだから、と言えば嘘になる。あなたに会いたいから、と言えばすべてが崩れる。
私はただ、黙って杯を傾けた。
冬の旅館
十二月、海は荒れていた。北風に押され、白波が岩を叩く。車を降りると指先がかじかみ、頬が痛んだ。私は坂を登りながら、あの家の灯りを探した。
戸口に立った遥は、厚い毛糸のショールを肩にかけていた。
「寒かったでしょ。お風呂、沸かしてありますから」
案内された浴室は、石を組んだ湯船に湯気が立ちのぼっていた。木桶風呂の湯は森の香りが漂っている
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