人妻温泉旅館/atsuchan69
 
イガミが釣れる。私はその日も、短い休日を逃さぬようにここまでやってきたのだ。
 糸を垂らすと、しばらくして竿先が小さく震えた。銀色の体が水面で跳ね、私は思わず笑みをこぼす。魚を釣り上げるたび、都会の喧騒から遠ざかるような感覚があった。
 夕暮れが迫るころ、背後から小さな声がした。振り返ると、買い物袋を抱えた少女が風に煽られ、坂道を登れずに立ち往生している。まだ十歳に満たないように見える。私は思わず声をかけ、荷物を持ってやった。
 少女は礼を言うと、「かあちゃんのところまで」と私を案内した。歩いた先に現れたのは、海辺の一軒家だった。灰褐色の雑木林とむき出しの山肌に囲まれ、庭には寒椿が咲いている
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