タイトルを持たない、/パンジーの切先(ハツ)
も、私はそう自分に唱えつづけてきたが、かといって、そのことを誰かに押し付けようと思ったことはないはずだった。母はぶるぶると、歳を重ねて皺の増えた手を振るわせながら、水の入ったグラスを取る。そこに水は入っていない。私は机を転がってきたグラスを掴んで、きちんとあるべき姿の向きへ戻して、母の手元に遣った。ここがうるさすぎる場所でよかったと心底思った。
足元の荷物入れから、肩掛けの鞄を取って、黒い財布を取り出し、そこから三千円を出してテーブルの上に置く。そして、ちいさな紙袋をそこへ添えた。「お母さん、誕生日、近いから。おめでとう」。母は今度こそ本当に泣き出しそうになりながら、テーブルの上から目を背けて
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