ポピュラー・ミュージックは文学たり得るのか?/朧月夜
 
て、自分自身への諦観ではないということになります。
 私自身の経験について書くと、20年近く前の一時期、人生や文学に対する絶望のなかで聴いていたものは、スピッツの「ホタル」でした。そして、絶望というものは、全く答えなどではないということにすぐに気づきました。それは、考えようによっては皮肉なことなのかもしれません。自分自身の悩みを、そして自分自身を終わらせようとしても、それは決して終わらないのです。
 立ち止まることも、諦観することも、一人の人間にとって何らかの答えにはなり得ません。そうした感情は、エンターテイナーが気分として与えるものであって、全く文学にはなり得ないのです。
 文学というもの
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