メモ11.24/道草次郎
 
のがいい。自分を救うため、あるいは自分を本当に楽しませるため、それだけのために書くのでなければ、それは書いていないに等しい。書きたいならば、もっともっと冷徹かつ傲慢に狡賢くならねば嘘だ。書くことは頂上のない登山だ。生きて帰れるなどと思ってはならない。しかもそれは登山であり下山でもある。到らない頂上の山を下る時でさえ、吹雪は容赦がない。


自分にとっての絶望と一番近接の言葉と添い寝をし、絶望の寝息に耳を澄ますことしか自分にはできない。他者の絶望が他者により絶望されること、そのことの隔絶と添い寝をすることはできない。隔絶の寝息は常に想像により擬態されるから、想像の価値をどこまで控えめに見積もる
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