燃える秋へ捧げるもの/道草次郎
 
見当たらない。永劫の時の名残りをとどめた褶曲のみが秋にはあり、そこには涙も、遺跡も、戦争すらも現生しては来ない。そこには影ばかりが多く、一体どの影が、無数にある他の影の面積に複雑な凹凸を与えているのかが、全く判らない。

 読めなくても、読めないそういう自分をみとめたい。少しおちついて、長く歩いてみようと思う。自分の理解力の限界と想像力の臨界が、足取りに加わる地面からの抵抗により、ふと、思春期を終えることもあるはずだから。

 力の無さは如何ともし難いが、思えばぜんぶ天が決めることだ。何はともあれ、この拙文を貶めてはいけない。ついぞ心に寄る辺をもたずに来て、言葉それのみに縋ったいきさつは、
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