洪水のあとに/道草次郎
 
戻り始めたぼくの胸に去来したのは、相も変わらずにその不当さだった。ぼくはこの不当さを持て余しながら歩を進めた。破壊し尽くされたと言っても過言ではない林檎園や、全機械オーバーホールの憂き目にあったであろう小さな建設事務所のテナント募集の看板を横目に、どこまでもどこまでも行くつもりでぼくは歩いた。

あいみょんによる不当さはやがて汗とともに和らぎ、交差点の信号で立ち止まったぼくの視野の隅に一匹の蜆蝶が入ってきた。蜆蝶は頼りなくチロチロと舞い、路側帯の下に生えている名もなき雑草にとまった。

その時なにかが起こったわけではない。ぼくはただその蜆蝶を眺め、果たして今まで自分はこの蜆蝶と
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