エリオット「伝統と個人の才能」/藤原 実
 
しそれも、実生活においてきわめて複雑もしくは異常な情緒を経験する人たちの情緒が複雑だという意味で複雑なのではないのである。

事実、詩における奇矯ともいうべきひとつの誤りは、新しい人間的情緒を求めて表現しようとするところにあるのであって、このようにとんでもない場所に新奇を求めようとするために、やっとのことで発見したものは変態的情緒にすぎないのだ。

詩人の仕事は、新しい情緒を見出すことではなくて、普通の情緒を用いながら、それを詩に作りあげてゆく際に、現実の情緒にはけっして存在しないような感触を表現することなのである。そして詩人がこれまで経験したことのない情緒でも、じぶんがよく経験する情緒に
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