夜に覚める/道草次郎
 
千曲川の流れの音さえも、よく耳を澄ませばいたって静かに聞こえてくるのだった。

月がすべてを白々と照らしているこんな夜には、きっと何もかもよく見えるんだろうな、ぼくはそんな事を考えていた。

例えば玄関先に置いてある消火器の黄色い安全ピン。
階段の手すりにこびり付いたクモの糸。
夜陰に潜む小動物の濡れたピンク色の鼻先。
キラキラと瞬く人工衛星。
それから銀色に輝く満月のクレーターの、その一つひとつに至るまで。

ぼくは、自分がパジャマ姿のまま、音を立てないよう慎重に玄関を開け静かな風の中へ出ていく事を想像した。
歩く度に、懐中電灯の明かりが植え込みや砂利道の上を狂ったようにス
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