偽文集/春日線香
見たところ肝臓のようだ。中学校の階段の踊り場の高窓から差し込む夕日に照らされて、赤黒い肉塊が落ちている。まるで今しがた体内から摘出したばかりとでもいうようにてらてらと艶めかしい輝きを放って、よく見ればその端がわずかに踏みにじられて床になすりつけられた跡がある。おそらく上靴で踏まれたものであろうその跡は筋状になって上階へと続いている。よく掃除されて清潔な踊り場に教師も生徒も通らず、あって然るべき死体もない。ただ肝臓だけが夕日に照らされて急速に腐敗の度を増しつつ、どうしたことか強いスミレの香りを放っている。スミレの芳香が悪意を感じるばかりにあたり一面に漂っている。
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