薔薇/あおい満月
 

もうひとつの月がいることを
娘はよく知っている。

**

穏やかな漣を持つ、
海のような人だった。
うわべのような、
贅沢な台詞は言わない、
けれど、
娘が不安定に歩む度に、
手を繋いでくれる人だった。
娘はその言葉のない小さな愛を
誰よりも深く愛していた。
誰も知らない深い森の奥で
娘はあの月のような瞳と、
刹那に深く愛し合った。

***

娘は知らない。
あの月のような瞳のおくにある
獰猛なほどに激しい、
激流する血の光を。
ある日、
あの月のような瞳が
娘の腕を力強く握り返した。
その刹那、
娘の脳裏にある時の背中が翳った。
[次のページ]
戻る   Point(7)