現場のへその緒(1)/Giton
 
自体が注釈なのだ」と。
このような特異な方法、“究極的には人類全てに理解可能な普遍的形象によって詩を作る”という他の詩人の実践とはまったく逆の方法を、この詩人は実践した、というほかはないのだと思います。

つまり、この作者は、特定の時と場所で見たこと、体験したことを、「厳密に事実のとほりに記録し」、自費出版したが、それは、“詩”として鑑賞にたえるものであって、今日に至るまで“詩”として鑑賞されている‥

もっとも、ここで若干の留保が必要です。まず、さきほどの岡澤敏男氏が農場側の記録(これは全く詩ではなく、農場員が生産業務のために記録していた日誌です)と、賢治の「小岩井農場」を照合した結果
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