人間の本質を露呈させるものとしての文学/yamadahifumi
 
、ブリュノの抱えている問題、そして自分自身が他人の重荷でしかないという事を察知する。そしてクリスチヤーヌは自殺してしまう。ブリュノは悲嘆にくれる。だが、もう全ては遅かったのだ。ほんの少しのためらいが全てを運命づけてしまった。


 ウェルベックが、登場人物をこのような悲劇にくぐらせる手つきというのは、真に恐ろしいものであるという事が少しは伝わったのではないかと思う。そして、人間がその本質=実存的なものが露出させるのは、その人間が悲劇をくぐった時に限る。そして、この人間はその悲劇をくぐる事により、その『意味』が明らかになる。例えば、シェイクスピアのロミオとジュリエットで、二人の愛を決定的に高め
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