【HHM2参加作品】「沈黙」を聞き、「いま」を読む ? 縞田みやぎさんの「春に寄せて」/N.K.
 
からこそ、一握りの土を通して、尊敬すべき存在だと気づかされることが些かなりともあるとは言えないだろうか?そうして、恐怖で祈れなくなるのではなく、むしろ、畏敬することで祈るということができるようになると、言えないだろうか?祈ると言うことは、決して恐怖による強迫によるのではなく、向日性を持つ花が陽に向かうのと同様に、リアリティへと自己を向かわせる必要が生むのだと言えないだろうか?「詩」から、語りえぬものを聴き分けて、それから、(石原吉郎の言う意味で)沈黙するために書くということが、以上のような畏敬の念を抱くと言うことや祈りの意味と重なるとは言えないだろうか?そうやって見ると、繰り返すが、惹きこまれてい
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