水島英己「小さなものの眠り」を読んで 〜引用を生きる〜/中川達矢
 
できなかったであろう。
 そこで詩集に話を戻せば、度々目につくのが、いくつかの詩に付されたサブタイトルである。そのサブタイトルだけを拾い集めれば、「島尾敏雄の場所へ」「新井豊美の場所へ」「カヴァフィスの場所へ」と「○○(人物)の場所へ」と統一されている。ここで「へ」という助詞に注目したい。
 日常的に使う「へ」は大別して、二つの場合に用いる。手紙を書く時に使う「○○さんへ(送る)」(宛先)とどこかへ行った際に用いる「この夏は○○(場所)へ(行った)」の二つである。前者は「今・ここ」にいる書き手が「今・あそこ」にいる誰かに対して使う「へ」であり、後者は「今・ここ」にいる書き手が「かつて・あそこ」
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