蛇口/時子
 
はその水から目が離せなかった。


「寂しい」


彼女の体から流れる水が言った。


「寂しいよ。
寂しいよ。
でも言えない。仕事頑張ってるアナタにそんなこと言えない。昔みたいに手を繋いで歩きたいよ。今日のハンバーグ、ちゃんと美味しかった?お風呂は熱すぎなかった?一緒に夜の海に行こうよ。ねぇ、今日はどんなことがあったの?聞いていいの?雨の日は相合傘しようよ。ねぇ、私の事好き?
ねぇ、昔みたいに、もっと私のほうを向いて、」


僕は急いで蛇口を閉めた。しかし水は止まらない。
今までとは違い、彼女の蛇口は壊れてしまったように水を吐き出し続ける。

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