岸田劉生「写実論」を読み解いて考える、批評とは何か/中川達矢
オリジナルとなる物の美が重要なのではなく、作に籠る精神、つまり、その作が生まれるにあたって作者が持つ精神が美なのであり、それこそが、無形であり、「内なる美」なのだ。視覚的にオリジナルとコピーを比較するだけでは見えてこないものである。なぜなら、精神は目に見えないからだ。そうした美である無形や精神を見るためにはどうすればよいのか。
「物象の美感のときは、まだ心をもって形を見るのである。この域だとてむろん、深い『心』がなくては見えはしない。肉眼をもって形を見るのとは違う。その美は幾度もくりかえすが、やはり永遠な無形である。しかし、心をもって心を見る域はさらに深い。この域にまで到れば、写実はその
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