午前八時三十五分、恋に落ちて(掌編小説)/そらの珊瑚
が手招きすることでしょう。
冬になったら鳩が羽をふくらませながら、ホームを散歩することでしょう。
わたしたちが乗せている人間もまたこんな風に恋をすることがあるのでしょうか?
恋は鼓動を早くする苦い薬だ、とつぶやいたのは、もう既にこの世にはない、ある老紳士の言葉だったと記憶しています。麻のズボンにはいつも生真面目なくらい折り目がついていて、ボルサリーノの帽子がとてもよくお似合いでしたっけ。きっとこの駅で誰かを待っていたに違いありません。それはついぞ叶わなかったようですが。
恋はあまり真剣になると、寿命を縮めるものかもしれませんね。特に、なけなしの恋というものは。
えてして働く男は首
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