インド人 吉田  (後)/salco
 
頭が幼児返りでもせぬ限りは変わるまい、という気もしている。何
故ならここまで生きて来て、自分の死生観を左右するのは結局、ダルマ(法)
の充足よりも後悔の多寡であるに違いないという実感がある。これは、個人
の情実よりもヴァルナの義務貫遂を優先すべしとするバガヴァッド・ギータ
ーに反する考えではある。
 視えぬからこそ神々を信じ崇める意識は、しかし現世の自分に在るのであ
り、不可知の輪廻転生、あるいは今生とそれらを連絡させる橋も確信という、
やはり個人の選択的思想でしかない。
 この、体内の結石のごとき信仰が前世から用意されたものであれ、生育環
境に持たされたものであれ、それが教える
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