twitter詩/葉leaf
 
のタイムラインは、儀礼的無関心の支配する場所であり、多くの人が、他人の発言に過剰に反応しないようにしながら、それでもひそかに楽しみながら他人の発言を読んでいるのである。その、他者の臨在の意識と、それでありながら、その他者の臨在が不確定であるという意識、そのただなかで、いわば即興的に詩を書くのである。これは、路上のパフォーマーと似ている。読んでくれる人は読んでくれるだろうが、それ以外の人は一顧だにしないだろう、それでも幸運に読んでくれる人を求めつつ、そういう人がいなくても私秘的な肥やしになるだろうと思いつつ、その引き裂かれた思いの中で詩を書くのである。twitter詩はその意味で賭けであり、賭けに負
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