twitter詩/葉leaf
 
に負けてもログには残るという保険が適用されるのである。だから、twitter詩は、誰に宛てたものでもなくても、きわめて話し言葉的であり、書き言葉が通常必要とする密室では突き詰められすぎるものも、割と自然体で砕けた感じで表現される。
 また、twitter詩は、誰かによって、お気に入りに登録されたり、リツイーとされたりする。そのような、作者と読者との一体感が著しいのである。しかも、それは創作の現場ですぐさまおこるものであり、作り手の感興と読み手の感興がほぼ同時に重なり合わされる。そこには一つの言葉を通じた真の意味での共同関係が成立するわけで、コミュニティとか集団とかコストのかかるものよりも非常に容
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