春の追憶/小川 葉
る。春のあのさわさわとした風の向こうに、そんな会話ともしれない、一方的な怒鳴り声が続き、そうしてわたしは排便を我慢したまま、便所を出た。
夕方、息子と近所を散歩した。平日の夕方が、こんなに呑気なものとは知らなかったけれど、わたしは心配で、さっきまで罵倒が聞こえたその平屋の窓をのぞいてみたのであるが、閉め切ったきりで、ふと東の地平線を見た。仙台新港の火災が収束していた。大丈夫、ふたたび平屋の窓を見て、独り言いって、その場を去った。
夜、わたしはばかなので、震災後においてさえ、毎晩、晩酌しなければ生きていけなくて、そうして飲んでいるうちに、夜遅く、あまり食べないものだから、腹が減ってきて、
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