文学的なものと哲学的なもの/kaz.
料にしてしまう。文学は自分の外側に解釈という名の建築物をいくつも創っていく。だからその創造物が壊されることを、むしろ新たな創造可能性として受け入れる。それに対し、哲学はあらゆるものを自分の内側に取り入れ解釈として創造していくために、創造物の破壊は自己の破壊を意味しているのだ。
ところが、ここまで見てきた文学的なもの、哲学的なものの間にある差異を包括する、さらに哲学的なものを考えることができる。「私は死んだ」という一つの表現に関わる解釈を、恐らくは死んだであろう「私」という一つの枠の中に入れてみる。すると、一つにまとまることがないものと、一つにまとまらざるをえないものとの弁証法を、考えることが
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