サナトリウム(掌編小説)/そらの珊瑚
も採れたてで、まだ生きているかのような健康そうな蜜柑。
妻にも、弾けんばかりのそんな時代があったことを、ふいに思い出し、思わず鼻の奥がつうんとした。
車窓から、烏帽子岩が見える。誰が最初に名付けたのか、なるほど、烏帽子であると無理に感心し、ふいうちするように現れた感傷(センチメント)が早く消えるよう、やり過ごした。
温暖な土地とはいえ、二月の風は顔を差すように冷たい。サナトリウムの庭を散歩する人も少なかった。病室の前に置かれた琺瑯(ほうろう)製の洗面器に手を浸す。掻き回されて消毒液の匂いがさらに強くする。
寝台に横たわった妻は僕の姿を認めると
「あら、いらっしゃい」
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