ロマネスクの果て/済谷川蛍
 
愛する作家はヘルマン・ヘッセです」
 このような僕なりのパフォーマンは意外にも大した噂にはならなかった。若い学生たちには変わったおっさんという印象を与えただけで、理解もされなければ興味も持たれなかったのである。こういった目立つ行動はまだイジメの存在する大学では大きなリスクを伴うものだが、僕は他の学生よりも年長だったのでイジメの対象にされにくかった。
 野村くんは自分の自己紹介の番になると、僕に感化されたようにチョークと黒板を使った。野村くんは自分の金科玉条だと前置きした上でこう書いた。
 「人は自分が愛するものと同じ価値しかない」
 野村くんの声は他の学生と違って明瞭で、しかも嫌味がなかっ
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