リュウグウノツカイ/済谷川蛍
 
傍から見た人間には私がホテルの本をネコババしているように見えるのではないかという不安が発生したのだ。しばらく私は身動きせず、まばたきも止まった。突然、喉の奥のいがらっぽさをやけくそに吐き出すような大きな咳が轟いてそちらを向くと、数珠を巻いた男性が新聞を畳んでこちらへ歩いてきた。私は視線を外して男性が立ち去るのを待った。しかし男性は新聞を戻した後、何をしているのか一向に私のそばから立ち去ろうとしなかった。私は男性の両足の横で本を吟味しているふりをし続けた。痰をうがいの要領で取り出すような不愉快な音が頭上でして、やっとその煩わしい足がどいた。ほっとしたのもつかの間、がやがやと風呂から上がったらしい数人
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