リュウグウノツカイ/済谷川蛍
景が蘇り、まるでこのホテルだけ昭和の空間に隔離されているような錯覚を覚えた。司会の男が客の名前と曲名を読み上げると、ヨッ!と声があがった。会場の盛り上がり方からしてこの地域の有名人らしいドレスを着た中年の女性が少し恥ずかしげに礼をしてステージに上がった。覚えのあるイントロがかかると女性の顔が女優のように変わった。一時期火サスのテーマ曲だった高橋真梨子の「ごめんね」だった。女性はアマチュアでもかなり歌唱力が高い部類に入るのだろう。ビブラートや抑制の利いた豊かな声量といった技術面だけではなく、彼女の歌声は人の心に染みわたるものだった。私を含む会場の客を心酔させた。近くに座っていた女性たちが思わず「上手
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