待子さん/salco
うように何か呟いているのに気づかなければ、至極まともに見え
る。実際、すれ違っても気づかぬ様子の人は多い。でも、財布も持たず夜
を出歩くその小柄なシルエットは、用件を懐中にした人の歩調ではない。
真っ暗な横道からぬっと現われることもあり、あのマンションの前に佇
んでいたり、駅前のスーパーから手ぶらで出て来ることもある。
その目は誰をも見ていないので、一度私は反対側の歩道から睨(ね)めつけた
ことがある。ところが女は視線を捉えて車道を渡り、両手を伸べながら向
かって来た。するすると迫って来た白い顔の、切れ長の目は真っ黒で、笑
う唇が歯のない老婆のように口蓋へ折り込まれて
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