口語自由詩における写生についての問題提起/……とある蛙
詩なども含めた文芸作品はアリストテレスの詩学を引用するまでもなく原初的には「再現行為」であることが、当然予定されている。それが発展的に現代の文芸につながるわけであるが、忘れてはならないのはあらゆる文芸が内心も含めた事象の再現行為であると言うことである。この点全く否定するのであれば(シュールなもの、夭折した山本陽子など)問題とならないが。
言葉の性質による変容により正確には異なる位相になることもままあろう。しかし、正しくは写生こそ芸術の王道であり、あらゆる芸術はその基礎に写生がある(違う見解もあるかも知れないが)。
口語自由詩は萩原朔太郎の「詩の原理」における描写の否定、情象(リズム、音
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