中編小説 心と口と行いと生活で 作 丸山 雅史/時間が蕩けるアインシュタイン
巨城の正門前に立った。夏だというのに、蝉の鳴き声は微塵足りとも聞こえなかった。其れに加え、先程まで鳴き叫んで居た動物達や虫達がまるで存在する事を何者かに拒否されたかの様に、沈黙していた。いや、此の異様な程の静寂は、彼等を此の森の中から存在を完全に消しさられた様な静寂であった。私は気が付いた時には唾液を飲み込んでおり、いつの間にか全身が冷え切って、皮膚に浮かんでいた汗が消えている事に思い及んだ。
悲しい旋律のバロック音楽が正門の奥から響いている。私は礼拝堂のパイプオルガンを思い出し、そして王女の顔を脳裏に浮かべた。五年…。私は正門の青銅でできた輪を右手で力強く引っ張り、右側の門を素早く開け、全力
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