失恋に溺れて/チアーヌ
道では有名な人だった。
わたしはその女性上司の跡を継ぐものと、周囲からは見なされていたのだ。すっかり燃え尽きて会社を辞めてしまうまでは。
「久しぶりね尚美さん」
わたしが少し重い気持ちでアパートのドアを開けると、小早川さんは戸口に立ってにこにこしていた。相変わらず、白髪を染めることなく上品に整えていた。
小早川さんは、田園調布にある古い洋館に、年老いた家政婦さんと二人で暮らしている。彼女は、その洋館に一人娘として生まれた人だった。
そんな上司に、こんなみすぼらしいアパートへ来てもらうなんて、気が進まなかったのだけれど、小早川さんは不意打ちのようにわたしの住む街の駅までやってきて、
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