東京タワーで彼女が泣いていた事を僕は知らない/虹村 凌
八時間弱、もっと言えば三十時間にも満たないかも知れない、とても短い夢だった。その夢を見せる事が、僕の役割だった。その間だけは、僕らはかりそめの恋人であったのだ。それは契約に近かったのかも知れない。僕は彼女を愛してはいなかった。好きか嫌いかと聞かれれば好きと答えるだろうが、それは愛情では無かった。恵まれない彼女の境遇に対する同情や憐憫でも無かった。特別な存在、と呼べる感じでも無かった。
興味はあった。人として、そして勿論、女として。単純に、興味と欲情でしかなかった。それは彼女も知っていた。彼女は僕に愛されない事も知っていた。僕の中には消えない影があり、また癒え切らぬ傷もあった。それ故に、彼女は僕
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