薄暮/within
 
ような静けさを保っていた。ただエアコンの吐く風の音だけは消しがたいらしく、給風口から微かに震えるような音が、部屋全体に聞こえていた。
 風呂の脱衣場に設置されているリモコンを押し、湯の温度をぬるめの三十八度に設定し「給湯OK」の表示が出るまで、数秒待ち、蛇口をひねった。
 湯を入れる間、彼はホームヘルパーが裾分けに持ってきたハッサクを風呂上りに食べようと、冷蔵庫からひとつ取り出し、包丁を入れた。ハッサクの皮から飛沫が飛び、彼の鼻に柑橘の柔らかな匂いが届いた。空腹であるがゆえに一口つまんでみようかと思ったが、彼は耐えた。耐える必要はなかったのだが、若かった頃からの習慣というか、耐え忍ぶことが必要
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