梅雨/なまねこ
 
どうしてだか舌の動きが消えた。頬がひくひくと動いた。まぶたの上に汗が浮いた。体は知っていたのだ。
朗読することが好きだった。人が人に伝える言葉を自分の言葉のように話すことに喜びを覚えた。他人と他人の会話を聞き覚えて、反芻した。それは甘い時間だった。
いつか電車に乗った。誰もが透明な膜を持っていて、一人分の部屋に一人だけで入っていた。誰に何を伝えることもない空間で、ベルが鳴った。部屋の作り方を知らなかったのだ。
緑の山が流れ飛んでいった。窓には他人の部屋が反射していた。車掌がドアをノックして回った。ドアのない僕の部屋の前で、車掌が小首をかしげて財布を出すように求めた。
誰かが首輪を引いた。警
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